閉じ込められた神が動きだした? その16 ( 由比ガ浜)
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今度は由比ガ浜です。
昨日21日午後0時55分ごろ、神奈川県鎌倉市由比ガ浜の由比ガ浜海岸で
4人がおぼれ2人が死亡するという事故。(4人は高校の同窓生7人のグループ。)
また二人です。
そして神奈川。
(18日、神奈川県茅ケ崎市柳島の高校生の水死事故もあります。)
瑠奈さんによると由比ガ浜も頼朝義経所縁の土地で、
しかも頼朝が、静御前の産んだ義経の子を沈めたという言い伝えがあるそうです。
もうビックリです。
この奇妙な連鎖は何だろう?
早速検索しました。
まず緯度経度
由比ガ浜海岸では出ないので
神奈川県鎌倉市由比ガ浜で
緯度 35度18分55.35秒(35.315376)
経度 139度32分46.67秒(139.546298)
35度ライン。
鎌倉市内の神社は50社。
少ない。やっぱり仏教かな。
少ないながらも検証してみよう。
茨城県久慈郡大子町と同じ「十二所神社」がある。
大子町の五霊神社と同じ五の「五所神社」が 2、「五社稲荷神社」が1。
これまた同じように熊野神社、諏訪神社もある。
大子町と鎌倉はつながっている。
更に
八がつく「鶴岡八幡宮」が2、「八雲神社」が3、「八坂大神」が1、「八幡神社」が1、合計7
大子町にはなかった三の「三嶋神社」
怨霊を鎮めるための「御霊神社」が3
戦いを想起するような「白旗神社」
義経と静御前の子供の供養なのか、「子守神社」がある。
由比ガ浜近辺の神社は
御霊神社、佐助稲荷神社、宇賀福神社(銭洗弁天)
鶴岡八幡宮、荏柄天神社、鎌倉宮など。
やっぱりここにも「御霊神社」がある。
変わった名前の神社二つ
いかにも古い神社な雰囲気。
源頼朝は荏柄天神を鬼門の守護神と仰ぎ、盛時には
日本三大天神の一つとして大宰府や北野天満宮に匹敵する天神社だったそう。
荏柄天なんて、インド、中国、仏教っぽいね。
更に驚くのが
昨日の記事の茨城県久慈郡大子町の神社に「静神社」があるのです。
「静神社」で検索しても茨城県那珂市の「静神社」しか出てこない。
この「静神社」にも昔は寺院があったとかで元はお寺?神仏習合?
昨日の記事にも源氏がしっかり登場しているでしょ。
だから「静神社」の本来は「静御前」の霊を鎮める神社・寺院じゃないかなと思っちゃいます。
私の考えでは怨霊を鎮めるのは神社よりお寺かなと。
あっ、両方あれば一番かな?
あ、そうか、だから神仏習合?
怨霊を鎮めるために、神仏習合の神社、寺を作ったの?
怨霊を鎮めるために、本来の目的をわからなくするために、
祭神は後からつけるんじゃない?
「由比ガ浜」には数々の凄惨な歴史があるようです。
1180(治承4)年8月 源頼朝、三浦義明、と畠山重忠の戦い
さらに凄惨な舞台となるのが鎌倉幕府滅亡の日だそうです。
『稲村ガ崎から進入した新田義貞の軍勢は浜辺の家々に火をつけ、惨殺された兵士、
婦女子は放置され、廃墟となった鎌倉から由比ガ浜にかけて屍が捨てられたままに
なっていたといわれている』そうです。
しかし良い面もあって
『鎌倉時代、伊豆、箱根の二所権現へ参拝する将軍は由比ガ浜の海へ入って沐浴し、
禊(みそぎ)をしたり、牛追物(うしおうもの)、犬追物(いぬおうもの)、小笠懸(こがさがけ)の儀、
鶴岡放生会(ほうじょうえ)、流鏑馬(やぶさめ)等の儀式、祭礼、練武の場としても
由比ガ浜は利用をされていた』そうです。
近くにある「和田塚」って何だろう?
鎌倉に残る唯一の高塚式古墳があるそう。
明冶25年、新道開設のために塚の一部を掘ったところ
おびただしい人骨が出てきて、おそらく和田合戦の時のものだろうと
言うことで「和田一族戦没地」の碑が立てられたとある。
北条義時が専制政治を行う為に三浦、和田氏の抹殺が必要だったともある。
源、北条と和田(三浦一族)の闘い。
また怨霊だ。
源実朝と北条義時は戦火をくぐって法華堂(現在の白幡神社)へ逃れたとあって、
ここでもお寺から神社に変わっている。
最近の記事ではこれが目に付くね。
「鎌倉の海」というサイトでは
『由比ヶ浜海岸は、源頼朝が石橋山で挙兵した際、三浦軍と畠山重忠軍が戦い、三浦義明が
自刃に追い込まれたきっかけとなった地であり、静御前の産んだ義経の子が捨てられた地であり、
畠山重保が北条時政の策謀によって討たれた地であり、和田義盛が討たれ首実検が行われた
地でもある。また、流鏑馬・小笠縣(こがさがけ)・犬追物(いぬおうもの)などの武芸の修練場でも
あった。源頼朝が放生会を行い、源実朝が渡宋を願い陳和卿に船を造らせたのも由比ヶ浜での
出来事だった。』とある。
鎌倉時代には、鶴岡八幡宮の前の浜という意味から、「前浜」と呼ばれていたそうです。
現在の「由比」の名は、共同作業を意味する「ユイ」が語源だとか。
これって、沖縄の「ゆいまーる」じゃない?
意味もまったく同じだもの。
関東から戻ってきて沖縄で地震が起きだしたときに
沖縄と神奈川がつながっているんじゃないかと書いたけれど、
意外なところでつながりが見つかった。
いつから「由比」になったの?
何で神奈川?
沖縄と源氏って関係ある?
あっ
由比ヶ浜と沖縄に共通するのは戦いの場、戦火、怨霊。
沖縄の水死事故は何だろう?
沖縄の歴史がわからないから調べることができないけれど。。。
あっ
私が関東に行くことによってそして祝詞で
神奈川と沖縄の両方の怨霊が噴出してきたんじゃないかな。
そしてそれを鎮める。
地震も水死事故もつながってるんだ。
偶然かも知れないけれどすべて私が関東へ行ってから起きています。
でもやっぱり、子供は可哀想。
私は静める力も強いけれど、見えないモノを表面に出す力が強いです。
良い面も悪い面も出します。
だから私を、「増幅機」という人もいます。
何でそうなるかというと、「浄化」の力が強いからでしょう。
だから私に近づくと怖いですよ。(笑
だけど必ず、良い方向に向かいます。
こういうところは、妙な自信があります。
Ku_uuさんからの情報です。
まるでここでの噂が聞こえたかのような
「男体山山頂で虹の光輪、仏が降臨」のニュース。
山用語でいう「ブロッケン現象」です。
ね、男体山ってやっぱり仏教っぽいでしょ。
時期は前後しますが、この写真で少し救われた感もあります。
姫さんが、36度ラインは、ミロクだといわれていたので、一昨日の記事に追記しておきました。
by mayufuru
| 2009-08-22 17:01